結合価文法論考
趙 順 文
本書は序論と第I部の9章と第II部の8章からなっている。
序論では本書の目的を示し,諸国の結合価理論ないしこれに近いものの,なお一線を画す単語結合を概観したうえで,文型と結合価と単語結合との概念を明らかにした。
第I部では従来の結合価文法を日本語に適用したとき,生じる様々な問題点を理論的に探求すると同時に,具体的用例を通してその妥当性を検討した。ここでは筆者が自ら打ち出した修正結合価理論に基づいて,単文を中心に,述語とくに動詞述語の結合価を実証的に研究し,日本語の結合価による文型ないし結合価の省略および動詞1000語の結合価を記述・分析した。
第II部では第I部を踏まえて,複文を中心に,同じ姿勢・観点から日本語の長文や名詞節や副詞節などを記述・分析した。
各章の構成は次のようである。
第I部では第1章は本研究を進めるに当たって,序論での結合価理論の流れを踏まえながら,いくつかの用語を再定義したうえで,文成分と述語の関係については四つのレベルを提出した。つまり文成分の範疇素性は名詞組と副詞,格形態は格成分とゼロ成分,文法機能は主語・直接賓語・間接賓語・補語,意味役割は主体・対象・客体・場所・時間・起点・着点・数量・命題・その他などの10項目があげられる。次に階段図による複文の分析は言語の本質である発話連鎖の直線状の語順を適切に反映している。さらに日本語の文構造の基本モデルを「((v)N(+p)+は)((v)D+は)(v)N+p((v)N+p)D((v)D)V(aux.)(p.)」とする定式を主張した。
注意すべきは日本語の接続助詞・一部の副助詞・接続詞・感嘆詞を一括して,広義的副詞に位置づけることをこの修正結合価理論を成立させるための拠り所としているという点である。
第2章は動詞の分析に際して用いる範疇素性・格形態・文法機能及び意味役割と同じ重要性を持つと考えられる。格形態に関しては直接的に「が格」「を格」「に格」という表現を用いるほうが分析に役立つし,効果的である。文法機能としては主語と賓語とが特殊性を持つことが望ましい。意味役割については10項目を立てた。そして二通りの記述法を記述した。
第3章は結合価を違う角度から分析した。ここでは必須成分の内容を検討する一方,石綿敏雄・荻野孝雄1983「結合価から見た日本文法」「文法と意味I」朝倉書店の動詞の結合価を修正し,今までの研究ではとかく見過ごされがちだった意図動詞にかかる<副詞>の「第5形引用文」が実は結合価の一つに数えられることを究明した。
第4章は動詞述語を中心に,結合価の範疇素性である<名詞>と<副詞>を分析した。ここでは①<名詞組>同士間と<副詞>同士間の置換性②<名詞組>と<副詞>と組合わさった動詞クラスのタイプを解明した。
第5章は第4章を踏まえながら,動詞クラスのタイプをさらに探求し,形態的結合価による日本語動詞の文型69種類と基本文型10種類を確定した。
第6章は用例を通して石綿の「日本語用言結合価表」に出る動詞価と突き合わせながら,結合価レベルの意味役割を中心に,格形態を検討した。とくに「文プラス『と』」を除いた<副詞>は必須成分と認められないという石綿の視点に不賛成である。
第7章は新聞の見出しを通して文成分の具体的な省略現象を考察した。随意成分と違って必須成分は幾分省略されても,動詞の実現に不可欠な成分である以上,原文に容易に還元されることが分かる。
第8章は日本語学習に必要な動詞1000語の結合価を用例を通して記述分析した。これは日本語教育の現場ないし辞書の編纂に大いに役立つものと考えられる。
第9章は現段階でも最も質の良い『現代日漢大詞典』に出る動詞1000語の結合価を一つ一つ検討しながら,考察した。第9章を生かせば,この辞書の不足を補うことができる。
第II部では第10章は結合価による階段図分析法を述べた。この分析法は伝統文法・生成文法・三上文法などによる複文の分析法と比べて,今までの主述関係・修飾関係を一層はっきりさせる比較的簡明な分析法であるといえるし,ほかの外国語への適用もできる。
第11章は諸説を検討しながら,採集した用例を通して名詞節内の名詞組の主題化の可能性に言及した。
第12章は主に状態述語(名詞述語・名容詞述語・形容詞述語)の主語を修飾する名詞節のテンスを考察した。この章を通してこの種の名詞節が過去の状態・出来事を表すのであれば,過去形が用いられなければならないという従来の定説を修正する必要があることが分かる。
第13章は「など」は"例示"が基本義であるのを出発点に,結合価理論に基づいて,形式名詞を経,形式副詞つまり副詞節としての機能を果たすに至っていると述べた。そして形式名詞「など」の従節は自由に後続の名詞にかかるのに対し,形式副詞「など」の従節は意味的に後続の名詞にかかる可能性はあるにしても,統語的にはもっぱら主節の述語にかかり,しかも中立テンスを取りうる点が異なる。
第14章はまず国語辞書あるいは専門辞書に出る「として」に関する記述に始まり,次に具体的用例を通して"根拠"が基本義である「として」は形式副詞つまり副詞節としての機能を果たすということを立証した。
第15章は仁田義雄1993「日本語の格を求めて」『日本語の格をめぐって』くろしお出版と南不二男1994『現代日本語文法の輪郭』大修館書店を踏まえながら,結合価理論に基づいて,用例が一番多く,用法が一番広い副詞節「て」で始まる三節複文を考察した。この章を通して三節複文「~て,~ながら」などに見られるように,南不二男上掲書の「て_4」を除いて,<副次的な働き>の「て_1」と<継起的・並列的な動き>の「て_2」・<原因・理由>の「て_3」との間にはっきりした境界線がないいわゆる連続性を示す現象がよく分かる。
第16章は「タ」形と「ル」形との対立による日本語のテンスを「絶対テンス」・「相対テンス」・「中立テンス」の三種類に大別した上で,「絶対テンス」は「過去・非過去」と「非以前(同時・以後)」のB系列時間,「中立テンス」は「心象の現在」を通して「過去」とあるべきところに使われる「非過去」のA'系列時間というように,いずれも独自の時間軸に位置づけられると定義した。この章を通して副詞節は「相対テンス」を取るのがほとんどだが,「~ので」「~のに」「~し」「~なんて」「~とは」などの副詞節は「中立テンス」を取る傾向があることが分かる。