本論文は,ベルギー・フランドル共同体で使用されている低地ゲルマン語(共通南部オランダ語=Algemeen Zuidnederlands)の特徴と見做されてきた統語論的,および語彙的現象が,フランドル共同体の書き言葉にどのようにあらわれているか,またそれは何故なのかを明らかにする.本論文の第1部ではこれらの諸特徴が4つのカテゴリーに分類される.第2部では1988年から1993年までにフランドル共同体で出版されたテクストを含むコーパスに基づいた,上記の4カテゴリーのそれぞれが生起する頻度の研究に宛てられ,フランドル共同体全体,ないしベルギー全国の読者層を対象にしたテクストが書かれているところの共通南部オランダ語の統語法と語彙は,フランドル共同体政府が規範言語と定めている標準オランダ語のそれと甚だしくは異ならないものの,地域語法(特にブラバント語法)は無視できない数にのぼることが示される.第3部ではフランドル共同体の言語が標準オランダ語と異なるか,その理由が,第2部で述べた研究結果を,標準南部オランダ語の使用される社会的コンテクストについての社会学における次のような研究結果と関係づけることにより見出される:
1)フランドル共同体とオランダとの国境は両者間の文化の交流を妨げる役割をも有している.
2)フランドル共同体における標準オランダ語のプレスティージュは必ずしも高くない.
3)フランドル共同体の成員は自己のアイデンティティを国家や共同体でなく,市町村に求める傾向が強い.
4)フランドル共同体の成員は歴史的事情およびフランドル共同体のステイタスについての不十分な理解のゆえ,オランダにフラストレーションを感じている.
5)フランドル共同体の成員が全国,ないしEUレベルで活動する場合,複数の外国語を習得する必要があり,それが彼ら彼女らの標準オランダ語学習にマイナスの効果を与えている.