本来大人のための読み物であった『ロビンソン・クルーソー』は,18世紀を通じてさまざまな簡約版へと書き直され,その経過を経て初めて子どものための読み物とされるようになった.その際,特にチャップブックと呼ばれる行商本の果たした役割は大きい.以上のような仮説を,筆者は主としてESTCの書誌データに基づいて可能な限り検証することを試みた.その結果,当時の図書の現存する資料から判断する限りでは,『ロビンソン・クルーソー』のチャップブック版が出版されるようになるのが1750年代,子どものために意図的に書きおされたものが出版され始めるのがおよそ1780年代であることが分かった.
また,これを裏付ける別の資料として,18世紀後半にロンドンで活動していたある出版者による,2種類の異なった簡約版を検討した.その結果,ひとつの版は明らかに大人を読者として想定したものであり,もうひとつの版は子どもを対象に書き直されたものである可能性が高いことが分かった.
しかし,子どもを読者として想定した版は,当時の児童書の規範に則って,倫理的な教化を目的とし,飽くまでその手段として『ロビンソン・クルーソー』を書き直しており,これが本格的な児童のための冒険読み物として書き直されるようになるのには,大人向けのさまざまな簡約版の果たした役割が大きかったと考えられる.