クリック子音と非クリック子音の統合的解釈
中川裕

世界の言語の分節音全体を鳥瞰すると、子音音素には2つの大きな音類が認められる:つまり、クリック子音と非クリック子音である。これら2大音類は、前者の音類(クリック子音)が、地域的にも言語グループ的にもきわめて限定された分布を示すため、世界の言語の多くの音韻的記述では扱われずに済む。その結果、この音類を含む言語群以外の言語の記述において使われる音韻特徴理論が、2大音類の統合にも妥当か否かを検証されることはない。また、この音類を含む言語の分析においても、この2大子音類がいったいどのような仕方で統合的に扱いうるのかという理論的問題は、Traill (1997)が正しく指摘している通り、十分に考察されないままであった。本論文は、この問題に取り組み、コイサン諸語コエ語族カラハリ・コエ語群のグイ語の事例研究にもとづいて、これら2大音類を同一の音韻特徴セットによって通分類する解釈を提示する。提案する音韻特徴セットには、従来もっぱら用いられていた(そして現在も優勢な)調音音声学的な弁別的特徴に加えて、グイ語だけでなく他のコイサン諸語にも通言語的に観察される音韻制限を記述する自然音類のための包括特徴、また、それをとともにTraillが提案した音響的特徴、さらに音響・聴覚的特徴も導入することになる。また、これらの特徴セットの提案が、コエ語族以外のコイサン語であるコン語に適用される場合に浮かび上がる問題も指摘する。